大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和42年(ワ)313号 判決

原告

西崎はる子

被告

山形交通株式会社

主文

被告は原告に対し、金二七〇万九、二六一円及びこれに対し、昭和三七年一月三〇日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その三を被告の、その一を原告の、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告において

(一)  被告は原告に対し金三七一万一、二六一円及びこれに対し、昭和三七年一月三〇日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言。

二、被告において

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の事実上の主張

一、請求原因事実

(一)  事故の発生

昭和三七年一月二九日午後二時四五分頃、山形市銅町一六九番地先一級国道一三号線、道路西側端の道路外において、被告の従業員運転者、訴外土屋俊治が運転する事業用大型乗合自動車(以下単に本件バスと略称する)が原告に衝突し、原告はその場に転倒し、その結果、原告は、左頭蓋骨折、左顔面眼部挫傷、上顎歯槽突起骨折、上口唇挫創、頸部挫傷、右大腿骨々折の傷害を受け、現に外傷性てんかん及び言語障害の後遺症が存在する。

(二)  帰責原因

被告は、本件バスを所有し、自己のため、その運行の用に供する者である。従つて被告には自動車損害賠償保障法三条による責任がある。

(三)  損害

1 金五万円

右は、原告が右(一)の傷害治療のため、病院に入院するにあたり買求めた、夜具一式及び、身廻品の代金である。

2 金三万五、五〇〇円

右は次の如き、原告が右(一)の傷害治療のため入院等した際、原告の母が、原告に付添つたことによる、一日金五〇〇円宛の付添人費用の合計である。

(1) 山形市内矢吹外科病院等に入院した、昭和三七年一月二九日から、同年三月一五日まで四六日間の、金二万三、〇〇〇円

(2) 山形県内、肘折温泉において湯治療養した同年八月二三日から同月二五日まで三日間の、金一、五〇〇円

(3) 右(1)の病院に再入院した、同年一〇月七日から、同月二四日まで一八日間の、金九、〇〇〇円

3 金二一万〇、九〇〇円

右は、原告が右(一)の傷害治療のため、昭和三七年八月から、昭和四一年一二月末日までの間受けた、マツサージ、きゆうの施術治療費(後記4を除く分)である。

4 金一〇万六、七〇〇円

右は右3と同様、昭和四一年七月一一日から、昭和四四年五月四日までの間、朽木治療院で受けた、マツサージ施術治療費である。

5 金一三〇万八、一六一円

右は、次の如き方法により算出した、原告の逸失利益の合計金である。

(1) 金一七万四、二〇〇円

(イ) 原告の月額所得金一万円

(ロ) 昭和四二年七月一日から、昭和四四年八月末日までの二六カ月間の、合計金二六万円

(ハ) 原告の労働能力喪失率は、右(一)の後遺症のうち、外傷性てんかんは、労働基準法施行規則、別表第二、第七級に、また、言語障害は同表、第一〇級に各該当するから、同規則第四〇条が適用されることとなり、結局、同別表第六級に該当し、それは右(ロ)の一〇〇分の六七となる。

(2) 金一一三万三、九六一円

(イ) 原告の月額所得は右(1)(イ)と同じ

(ロ) 原告の労働能力喪失率は右(1)(ハ)と同じ

(ハ) 原告は昭和二年五月三〇日生れの健康の女子

(ニ) 平均余命は、昭和四四年九月以降三四、六九年、就労可能年数は二一年(昭和四一年簡易生命表及び就労可能年数表による)

(ホ) 年、金一二万円の一〇〇分の六七にあたる金八万〇、四〇〇円の、二一年分をホフマン式計算方法(一年毎)により算出

6 金二〇〇万円

右は慰藉料である。

以上合計金三七一万一、二六一円

(四)  よつて原告は被告に対し、金三七一万一、二六一円及びこれに対し、昭和三七年一月三〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、答弁

請求原因事実に対し

(一)その(一)は、そのうち、原告が受けた傷害の部位、程度、後遺症は不知、その余は認

(二)その(二)は認(但し責任は除く)

(三)その(三)は不知

三、抗弁

(一)  本件バス運行につき、同バス運転者、訴外土屋俊治には過失がなく、それ以外の第三者に過失がある。

1 訴外土屋俊治は、本件バスを運転し、本件事故現場を毎時二八キロメートル位の速度で北進していた。

2 当時右道路東側端(バスの進行方向の右側・以下左、右と言うはバスの進行方向を基準とする)に、小型乗用自動車が南向に停車していた。

3 訴外上田とめこは、自転車に乗つて、右道路東側の右2の停止車の右脇を、これに直近して南方に進行した。

4 右2の停止車の直前(南側)には、右道路と直角に東側に伸びた路地がある。

5 右3の自転車が、右2の停止車の先端を通過する瞬間、右4の路地から、訴外長谷川伸治の牽引するリヤカーが、右2の停止車の前部で、その右側の線とほぼ平行する地点に進出した。

6 そのため、右3の自転車の左側ハンドルに取付けられていた防寒用カバーが、右5のリヤカーの取手の中心にある突起部分に接触し、右自転車は、その安定を失い、よろけながら、その右斜前方に進んだ上、同道路の中心点より、やや左側付近で転倒した。

7 訴外土屋俊治は、その進路前方に、右2、3の停止車及び進行中の自転車を認めたので、バスを減速して進行中、その約八メートル手前で右6の、自転車がよろけている状況を目撃したので、そのままの状態が続けば同自転車は、バスの右側フエンダーの下に入ることになり、従つてバスの右前輪により、右上田とめこを轢過することは必定であると考えた結果、これを避けるため、急遽、再度急停止の措置を講じながら、ハンドルを左に切り、もつて右上田とめこから避譲したが、たまたま、同道路左側の道路外に居合わせた原告に接触し、本件事故が発生した。

8 右の如くであり、本件事故は、右リヤカーの無謀牽引、及び、これに接触した自転車が突然右道路中心点付近に進行して転倒した、訴外土屋俊治にとり、予測することができず発生した事態がその原因であり、訴外土屋俊治は、右事故当時、右同路における定められた制限速度(毎時三〇キロメートル)の範囲内の速度で進行しており、かつ、前方注視等に欠けるところがなく、右の事態からの難を避けるための手段として同訴外人のとつた措置は、妥当であり、結局原告とバスとの接触は、所謂不可抗力である。

9 以上のとおり、訴外土屋俊治には、本件事故発生につき、過失がなく、むしろ、右リヤカーを牽引していた訴外長谷川伸治に、その前方を確認しない過失若くは、右自転車に乗つていた訴外上田とめこに、その前方不注視の過失があつたものと言うべきである。

(二)  本件バスには、構造上の欠陥、若くは機能上の障害がなかつた。

(三)  訴外土屋俊治の行為は、正当防衛、若くは緊急避難に該当する。

1 右(一)1ないし9の事実からして、訴外長谷川伸治及び同上田とめこの行為は訴外土屋俊治にとり不法行為であり、同訴外人のとつた措置は、同訴外人若くは、訴外上田とめこが、訴外長谷川伸治から受けた不法行為により侵害されようとした、各権利を防衛するため、やむを得ずした行為であつて、それは正当防衛若くは緊急避難である。

2 従つて、被告にも右事故による損害賠償責任がない。

(四)  原告の損害賠償請求権は、時効により消滅した。

即ち、本件事故の発生は、昭和三七年一月二九日であるところ、同事故の直後、原告は、その受けた損害及び、加害者が誰であるかを知つたから、民法七二四条前段により、右事故から三年を経過した少なくとも、昭和四〇年一月末日をもつて、その損害賠償請求権は消滅した。

(五)  過失相殺

1 原告は、本件事故発生直前、右(一)(1)ないし(6)の事実を認識していたのであるから、その認識に基づき、同項(7)の結果、即ち、バスが自転車乗りとの接触を避けるため、原告が居た地点にまで進行してくるであろうことは、容易に予想できたはずであり、従つて原告には、自らその場を離れる等して、バスとの接触事故を回避すべき義務があるところ、この措置に出なかつた原告にも、本件事故発生につき過失がある。

2 従つて原告に存する右過失は、本件損害賠償額の算定上、しん酌すべきである。

四、抗弁に対する答弁

(一)  抗弁事実(一)に対し

1その1は否認

2その2ないし4は認

3その5、6は不知

4その7は、そのうち、訴外土屋俊治が、その進路前方右側に、小型乗用自動車が停止しており、かつ、その脇を、自転車が南進中であることを認めたこと、及び、バスのハンドルを左に切つたことは認、その他は不知

5その8、9は否認

(二)  抗弁事実(二)に対し

同事実は否認

(三)  抗弁事実(三)に対し

1この点に関しては、抗弁(一)に対する答弁(一)と同旨

2その他は否認

(四)  抗弁事実(四)に対し

同事実のうち、本件事故発生日及びその直後、原告がその受けた損害、及び、加害者を知つたことは認、その他は否認

(五)  抗弁事実(五)に対し

同事実は否認

五、再抗弁(抗弁(四)に対し)

(一)  被告は本件事故により被告が原告に対し負担する損害賠償債務を承認した。

1 被告は原告に対し、昭和三七年六月一二日頃から、昭和四二年九月四日頃までの間、継続して、原告の休業補償費名義で、一カ月金一万円宛、及び医療費等名義で、その他の金員を支払つた。

2 被告は原告に対し、昭和四二年八月頃までの間、度々本件事故により、被告が原告に支払うべき金員の額、支払方法等につき、所謂示談解決の申し込みをした。

3 以上1、2の事実からすれば、被告は原告に対する、本件事故による被告の損害賠償債務を承認したものと言うべきであり、従つて、右消滅時効は中断した。

(二)  右(一)1、2の事実からすれば、被告は、右債務につき、時効の完成後、その利益を放棄した。

六、再抗弁に対する答弁

(一)  再抗弁事実(一)に対し

1その1、2の事実は認

2右1、2は、損害賠償債務を認めた上なされたものでなく、殊に右金員の支払は同債務の履行としてなしたものではない。従つて、消滅時効は中断しない。

(二)  再抗弁事実(二)に対し

同事実は否認

第三、証拠関係〔略〕

理由

第一、事故の発生

一、昭和三七年一月二九日午後二時四五分頃、山形市銅町一六九番地先、一級国道一三号線、道路西側端の、道路外において、被告の従業員運転者、訴外土屋俊治が運転するバスが原告に衝突し、原告がその場に転倒したことは、当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によると、右一の、バスと原告の衝突及びそれによる原告の転倒により、原告は、左頭蓋骨折、左顔面眼部挫傷、上顎歯槽突起骨折、上口唇挫創、頸部挫傷、右大腿骨々折、の各傷害を受け、現に外傷性てんかん、及び言語障害の、各後遺症のあることが認められ、これに反する証拠はない。

第二、帰責原因

被告は本件バスを所有し、自己のためその運行の用に供している者であることは、当事者間に争いがない。

第三、抗弁について

一、バス運転者、訴外土屋俊治の過失の有無等につき(抗弁(一))

(一)  抗弁事実(一)のうち、右事故発生当時、同道路の東側端に、小型乗用自動車が停車していたこと、訴外上田とめこが、自転車に乗り、右道路東側の、右停止車の右脇を、これに直近して南方に進行していたこと、右停止車の直前(南側)には、右道路と直角に東に伸びる路地があること(抗弁(一)の2ないし4)・訴外土屋俊治は、本件事故発生直前、その進路右側端の右停止車、及び進行中の右自転車を認めたこと、同訴外人がバスのハンドルを左に切つたこと(同項の7)は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  〔証拠略〕を総合すると、次の如き事実が認められる。

1 本件現場の道路は、その全幅員九・三〇メートルで、その両側に、幅員〇・五メートルの側溝が設けられているが、それは、コンクリート材による蓋により所謂暗渠になつているため、その部分も道路の一部として通行が可能であり、歩、車道の区別がなく、全面的にアスフアルトで舗装された直線、平坦で、事故現場から、その南北、両方向にいずれも、少なくとも二〇〇メートルは、見透しが可能であつて、平素の交通量は多い。

2 本件事故発生当時、天候は曇天、無風で、右道路は、その中央部分のアスフアルトは乾燥していたが、東側端は湿気があり、西側端は薄く泥が覆われていた。

3 訴外土屋俊治は、山形駅前発、午後二時二五分天童温泉行の本件バス(車掌付)を運転し、途中事故直前の山形市内銅町停留所で、乗客を乗降させた上同停留所を発車したが、発車後間もなく、右(一)認定の如く、道路右側端に、停止車があり、かつ、その付近を、対面進行中の自転車を認めながら、本件現場にさしかかつた。

4 一方右(一)認定の訴外上田とめこ運転の自転車は、同認定の如く、停止車の直近を南進し、同停止車の先端付近に至つたところ、同時に訴外長谷川伸治が、荷台に荷物を積んだリヤカーを牽引して、同認定の路地(その幅員一・五五メートル)から右停止車の前面の右道路に出で、同リヤカーの梶取棒先端が右停止車の右側線と平行する地点(梶取棒の先端は、右道路東側端から約二・一〇メートル)に到達した。

5 右上田とめこは右停止車に遮えぎられて、その前方に、右4のリヤカーが進出したことを認識できず、そのまま直進したため、右4のリヤカーの地点において、その乗車する自転車のハンドル左端に取付けられていた防寒用カバーが、右リヤカーの梶取棒の中心部にある、リヤカーを自転車に牽引させる際、自転車と接着するために設けられている、穴のあいた突起部分に接触し、その結果、右上田とめこ乗車の自転車は、安定を失い、よろけながら、その斜め右前方に約三メートル進行した上、自転車の中心部が、右道路東側端から概ね四メートルの地点において前輪を南方に、ハンドルを西方に向けて転倒し、かつ、右上田とめこは、その頭部が、右道路の中央線にかかる地点でそれを西に向けて転倒した。

6 訴外土屋俊治は、右5の、自転車と、リヤカーが接触した地点から概ね一〇メートル手前の地点において、右5の、自転車の動向を認め、同自転車がそのまま進行すれば同自転車と本件バスが接触するのは不可避であると考えた結果、急遽バスのハンドルを左に切り、同時にブレーキをふんで、急停止の措置を講じたところ、同バスは訴外土屋俊治が、右自転車の動向を発見した地点から約一二メートル斜左前方に進行し、その間にスリツプ痕八・七メートルを残し、かつ途中同道路左側の、道路と右側溝の境付近に設置されていた鉄製の消火栓を、その根元から押倒して停車した。

7 原告は、右の際、所用を終え同所一六九番地長谷川晴夫方の居宅敷地と、右道路が接する地点から若干右長谷川方邸宅に入つた、訴外土屋俊治が、右6の急ブレーキをかけた地点から、少なくとも八メートル以上離れた地点に佇立して、その道路向い側(東側)の、自己が勤務する会社に帰るため、同道路を通過する自動車等のとぎれを待つていた。

8 右事故当時における本件バスの速度は、毎時三六キロメートルを下らず、訴外土屋俊治は、右道路左側端付近に原告が佇立していることを認識しなかつた。

9 本件バスは、車長九・一七メートル、車幅二・四九メートル、車高二・九七五メートルで、右ハンドルである。

10 右6の如く、訴外土屋俊治が、当初訴外上田とめこ乗車の自転車が、よろけ始めたことを認識した地点のバス左側には、側溝より道路の内側に、電柱が設置されており、同電柱の右端から、バスの左端まで、約一・五五メートルの空間があり当時、バスの左側を通行中の人車は、その前、後方共存在しなかつた。

11 本件事故現場において、その天候、路面状況等本件事故発生当時と概ね同一条件のもとに、本件バスを用い、スリツプ痕の長短による、本件バスの速度検査を施行した結果、そのスリツプ痕は毎時二八キロメートルの速度の場合、四・二五メートル、毎時三〇キロメートルの速度の場合、五・五メートルである。

12 本件事故現場における事故当時の、定められた制限速度の最高は毎時三〇キロメートルである。

(三)  証人土屋俊治、同佐藤良彦の証言中、右(二)の認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(四)  右(一)(二)認定の事実に基づき考察すると、次のような判断に到達する。

1 訴外土屋俊治にとり、前記路地から、右道路に、右リヤカーの如き、人車が出てくるであろうことは、当然予見し得ることであるが、その人車と、右自転車とが右路地入口付近で接触すること、従つてそれにより、自転車がよろけてバスの進行地点(道路中央)にまで進入するであろうこと、等をその予見可能の範囲内に属するとするのは、相当ではない。何故なら、右リヤカーの如き人車が路地から、交通量の多い道路に進行するにあたつては、その路地と道路の接点において、一時停止し、道路の交通事情を確認した上、その挙に出るのが、通常人としての極めて、初歩的、原則的な注意義務に属するものであり、また、右自転車に乗車し、道路端の停止車の脇を通過する場合、見透しの充分でない右停止車の影に、人車等が待機しているであろうことは、その予想が容易であるから、前方を注視し、右の如き待機の人車等の有無、動静に意を配して進行することも、右路地からの人車の場合と同様、極めて初歩的な注意義務に属していること、等からすれば、訴外土屋俊治において、右リヤカーの牽引者及び自転車の運転者のいずれも、右の各注意義務を履践し、その接触事故の発生防止に努力するであろうとの、所謂信頼の念を抱くのは、しごく当然であるからである。従つて、若し、訴外土屋俊治が、前記の如き、自転車のよろけるのを発見した際、バスのハンドルを左に切つていなければ、バスと右自転車運転の上田とめことが接触し、同人に死傷の結果を招来したことは必定であるが、それは、訴外土屋俊治にとり、不可抗力(バスの走行速度は、前記認定の如く毎時三六キロメートル以上であるが、仮に、これが制限速度の毎時三〇キロメートルであつたとしても、避けることはできなかつたものと認められるから、右三六キロメートルの場合も、同視し得る)であると認めるのが相当である。

2 ところで、右1の認定により、訴外土屋俊治の、右1以後の行為が不可抗力であるか否かは問題である。

(1) 前記認定の本件バスの事故現場における速度は毎時三六キロメートル以上であつたが、同バスが定められた制限速度、毎時三〇キロメートルで進行した場合急制動の措置をとつてから概ね六メートル足らずの走行で停止し得ること、原告は、訴外土屋俊治が右急制動の措置をとつた地点から少なくとも八メートル以上離れた地点に存在していたこと、からすれば、若し、同バスが、少なくとも、毎時三〇キロメートル以下の、制限速度の範囲内で進行していたとすれば、同バスは、原告と接触する以前の地点において停止することができたものと言うべきである。

(2) 思うに制限速度は、その道路の幅員、人車を併せた交通量、道路両側に存する家屋、営造物設置の度合、それに自動車のもつスピード性等の機能の維持を破壊しないこと等諸般の事情を考量しながら、交通の安全を期し、事故の発生を未然に防止するために設けられたものであるから、法規上これを遵守すべきは当然のことながら、更に本件は右1の如く、訴外土屋俊治にとり不測の事態であるリヤカーと自転車の接触事故が、これを誘発したものであるとは言え、この事態が存しない場合でも、右(二)認定の本件事故現場の、客観的状況からすれば、右事態以外の、突発的事態(予見しうる範囲)が発生し得ることは、当然予想されるところであるから、これに備え、常に制限速度の範囲内で進行すべき義務があると認めるのが相当である。なるほど、右リヤカーと自転車の接触及び、自転車のよろけがなかつたならば、本件事故が発生しなかつたこと、従つてその意味で、右の接触等が本件事故の発生に重大な影響力を及ぼしたことは明らかであるが、訴外土屋俊治において、右制限速度に従つた速度の遵守義務を果していたならば、右(1)の如く、本件事故は惹起されなかつたこともまた明白であるから、この点において訴外土屋俊治には、本件事故発生につき過失がある。

3 付言するに、右1の如く、仮に、自転車運転者上田とめことバスが接触したことによる事故の発生が訴外土屋俊治にとり不可抗力とされ、これを避けるため、とられた措置の結果が過失と評価されることには、疑問をさしはさむ余地があろう。しかしながら、過失は、常に、発生した結果と相関的に、その当該事故における具体的事実をしん酌して認定されるものであるから、右不可抗力とされる事前の事実とは、一応別個(関連性はある)にその考察の対象とすべきである。

4 以上のとおりであつて、本件事故発生につき、訴外土屋俊治に過失があり、不可抗力とは言えないから、抗弁(三)(一)は失当であり、従つて、抗弁(二)については判断の必要がない。

二、正当防衛若くは緊急避難につき(抗弁(三))

(一)  正当防衛に関し

1 本件事故は、訴外土屋俊治が、右自転車運転者上田とめことバスの接触を避けた結果発生したことは、右一認定のとおりであり、同認定のその他の事実を総合して考察する。

2 先づ民法七二〇条所定の、所謂、正当防衛の成立要件である他人の不法行為、及び防衛すべき自己または第三者の権利が、何であるかにつき被告の主張に具体性がない。従つてこの点に関する判断はさておき、その他の要件である訴外土屋俊治の行為が已むことを得ずしてなされた、原告に対する加害行為であつたか否かについてみるに、訴外土屋俊治が、自転車に乗車する上田とめことバスが接触するのを避けるため、ハンドルを左に切つたことは、それのみをみれば、極めて当を得た応変の措置であることは言うまでもない。しかしながら、その結果である、原告に接触した事実は、右一認定の如く、バスの走行速度上の過失に基因し、これがなければ、同訴外人は他に適切の方法(原告と接触以前にバスを停止すること)を講ずることができ、従つて原告との接触も避け得たのであるから、結局、訴外土屋俊治の行為は、已むを得ずになされた、原告に対する加害行為であるものとは認め難い。この点に関する抗弁は失当である。

(二)  緊急避難に関し

民法七二〇条所定の緊急避難は、その二項の規定上、物による危難を避けるため、その物に対しなされる反撃であることが明白であるところ、本件は右(一)認定の如く、攻撃行為自体その主張上判然としないが、少なくとも反撃の対象が原告であり、物ではないから、この点において緊急避難に該当しないことが明白である。この点に関する抗弁も採用しない。

三、消滅時効及びその中断につき(抗弁(四)及び再抗弁)

(一)  本件事故発生日は前記認定(当事者に争いがない)のとおりであり、更に、事故直後、原告がそれによる損害及び加害者を知つたことは、当事者間に争いがない。

従つて、少なくとも、昭和三七年一月末日から、原告の被告に対する本件事故による損害賠償債権の消滅時効は、その進行を開始したものと言うべきである。

(二)  右中断の有無

1 被告が原告に対し、昭和三七年六月一二日頃から、昭和四二年九月四日頃までの間継続して、原告の休業補償費名義で、一カ月金一万円宛及び、医療費等名義で、その他の金員を支払い、更に同年八月頃までの間、度々被告が原告に支払うべき金員につき、その支払の額、方法等を決定するため、所謂示談の申し入れをしたこと、は当事者間に争いがない。

2 一般に、債務の承認とは債務者において、債務存在の事実を認識し、その認識を相手方に表明する行為(所謂観念の表示)であるから、債務の一部弁済行為は、右債務を認識しこれを表明したことになり、消滅時効中断事由たる債務の承認に該当することは明らかである。ところで、右1認定の如き名義による、被告の原告に対する金員の支払は、それが単に、所謂、好意的行為である等、特別の事情がない限り、社会観念上被告において、その損害賠償債務を認容した結果なされたものと推定するのが相当であり、本件において、右の如き特別の事情を認めるに足る証拠はない。

3 右の認定によると、被告は、本件事故による原告に対する損害賠償債務を、一括して承認したものと認めるのが相当であり、そのため少なくとも、右1の如く昭和四二年九月四日まで、右消滅時効は中断したものと言うべきであり、原告が、同年一一月二日右損害賠償請求権につき、本訴を提起したことは、記録上明白であるから、原告の被告に対する右損害賠償請求権は、消滅していない。この点に関する再抗弁は理由がある。

第四、以上の認定によると、被告は原告に対し、本件事故により原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。

第五、損害について

一、夜具購入費等

〔証拠略〕によると、原告は本件事故による前記認定の傷害治療のため病院に入院するにあたり、自宅で、かねてから使用していた物のみでは不足であつた関係上、代金五万円相当の入院用夜具一式及び、身廻品等を購入し、後記病院退院後、これらの物は破損し、既に、その使用に耐え得ない状態にあることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によると、右物品の購入は、右治療のための必要品であり、(かつ、現にその利益は残存しない)従つてそのための右金員出捐は本件事故に基づくものであると認めるのが相当であつて、原告は、右金員と同額の損害を受けたことになる。

二、付添人費用

〔証拠略〕によると、原告は右傷害の治療のため、病院に入院したが、そのうち昭和三七年一月二九日から同年三月一五日までの間のうちの四六日間と、同年一〇月七日から同月二四日までの一八日間山形市内矢吹外科病院に入院し、同年八月二三日から同月二五日までの三日間、山形県内肘折温泉において湯治療養したこと、右湯治は医師のすすめによるものであること、右入院及び湯治期間中、いずれも、原告の症状は、脳神経に異状がある外、その歩行も不能若くは困難な状況にあり、付添人がいなければ、適切な治療目的を達し得ない程度であつたこと、右期間、いずれも原告の母が原告に付添いその看護を担当したこと、等の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によると、近親者が、その付添の任にあたり、現実に、その間に付添料の授受がない場合でも、実質的に考察し、それは原告の出捐した損害と認めるのが相当であるところ、その費用の額につき、原告において特別の立証をしない。しかしながらそれは職業的看護人等に支払われるべき賃金に相当する額をもつてこれにあてるのが妥当と解すべきであり、それが近時(昭和三七年頃も含め)、原告主張の範囲内である少なくとも一日金五〇〇円を下らないものであることは当裁判所に顕著な事実である。従つて右付添人費用は、一日金五〇〇円宛六七日間の合計金三万三、五〇〇円となる。(原告は一日金五〇〇円宛、六七日として合計金三万五、五〇〇円の請求をしているが、金二、〇〇〇円の部分の主張は失当)

三、治療費

〔証拠略〕によると、原告は、右傷害治療のため、本件事故後、医師のすすめに基づき、自宅その他の場所において、専門のマツサージ師により、マツサージ及びきゆうの施術を受け、その施術治療費として、金二一万〇、九〇〇円出捐したことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によると、右施術は、右傷害治療のため必要な方法であつたものと認めるのが相当であり、従つて原告は右と同額の損害を受けたこととなる。

四、治療費

〔証拠略〕によると原告は、右三と同様朽木治療院において、マツサージ施術を受け、その施術治療費として合計金一〇万六、七〇〇円出捐したことが認められ、これに反する証拠はない。右認定の事実によると、右は右三と同様の理由により、原告は右と同額の損害を受けたこととなる。

五、逸失利益

(一)  〔証拠略〕を総合すると、次の如き事実が認められる。

1 原告は昭和二年五月三〇日生れで生来健康であり、本件事故当時、有限会社丸西醸造機械製作所に勤務し、本件事故以前の昭和三六年一二月以来、月額金一万円の給料を得ていた。

2 原告は本件事故後、右1の会社の勤務に就くことができず、従つて昭和三七年三月以降右会社から給料を得ていない。

3 原告には右第一認定の如き後遺症があるため、現在なお平素頭痛、めまい等が頻発し、気候不順の際は、ほとんど就寝したままであつて、日常の家事はもとより、右1の会社等への就労は全く不能であり、極めて軽度の労働に就き得るに過ぎず、完全治癒を望むことができず、右の如き現状を維持するにも、なお数一〇年にわたり継続して医師の治療を受けねばならない。

(二)  右認定に反する証拠はない。

(三)  右認定の事実によると、原告は本件事故がなかつたとすればそれ以後、数一〇年にわたり少なくとも月金一万円の給料を得ることができたところ、本件事故により、その労働能力の多くを喪失したものと言うべきであり、その喪失率は、労働基準法施行規則別表第六級の程度に該当(一〇〇分の六七)するものと認めるのが相当である。従つて同別表の基準に従うと結局、原告は本件事故以後それ以前に比し一〇〇分の三三の労働能力を有するに過ぎないものと言うべきである。

(四)  右認定の事実に基づき、原告の逸失利益を算定すると次の如くなる。

1 昭和四二年七月一日から、昭和四四年八月末日までの二六カ月間の収入は、月一万円宛合計金二六万円のところ、その一〇〇分の六七は、金一七万四、二〇〇円となる。

2 右(一)認定の年令によれば、原告は昭和四四年九月以降その平均余命が三四、六九年、その就労可能年数が二一年であることは当裁判所に顕著な事実である。しかして、昭和四四年九月以降年、金一二万円の一〇〇分の六七である金八万〇、四〇〇円宛二一年間の収入は、ホフマン式(一年毎)計算によつて算出すると、金一一三万三、九六一円となる。

六、慰藉料

右第一、二認定の本件事故により受けた原告の傷害の部位、程度、右第五、二認定の入院の期間、同五(一)3の現在の症状と後遺症に対する将来の見とおし等を総合すると、本件事故により原告の受けた精神的苦痛が甚大であることは、その推認に難くない。右の点に、本件事故発生につき、訴外土屋俊治に存した過失の程度、即ち、本件事故は前記認定の如く、同訴外人の走行速度上の欠陥に基づくが、それは、リヤカーと自転車の接触事故がなければ看過され、本件事故に結びつかなかつたもので、その原因性からみて、非難の度は薄いこと、それに事故後訴外土屋俊治及び被告において、原告に対してとつた措置、とりわけ、〔証拠略〕により認められる、被告は原告に対し任意に治療費、休業補償等の支払を継続し、本件事故発生後、長期間、原告と被告間において、その賠償金等の支払に関し、格別の波乱がなく経過して、あたかも消滅時効制度の本来の趣旨に副う如き事実状態すら作出されていた事実等を併せ、考察すると、原告を慰藉するには、金一〇〇万円が相当である。

七、以上、本件事故による原告の損害は合計金二七〇万九、二六一円である。

第六、過失相殺の抗弁について

右第三、一、(二)認定の事実に基づき考察するに、同項7の如く原告は、本件事故当時、バスに衝突された地点で、右道路に向い、その車の通行状況を見ていたのであるから、その目前における同項4及び5の事実を目撃したであろうことは、その推定に難くなく、従つてその結果右自転車の転倒により、同道路西側(左)を通行する自動車等が、右自転車を避けるため、道路左側に寄つて進行するであろうことを予測することは可能なはずである。しかしながら経験則上、通常人をしてバスが、右原告が佇立していた地点にまで進入するであろうことまで予見すべきであるとするは、難きを強いるものであり、むしろそれは不可能であると認めるのが相当である。その他本件事故発生につき、原告に過失があつたことを認めるに足る証拠はない。

従つて原告が、右の地点に佇立していたことにつき、原告にはなんらの過失もない。

付言するに、原告が佇立していた場所から言えば本来自転車とリヤカーの接触事故等を認識すべき義務はないと言うべきであるから、仮にその認識を欠いても、過失は肯定されない。

よつてこの点に関する抗弁は採用しない。

第七、以上判断したとおり、被告は原告に対し、損害賠償として、金二七〇万九、二六一円及びこれに対し、昭和三七年一月三〇日から支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第八、よつて原告の本訴請求は、右第七の範囲において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤俊光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例